何しに佐渡へなど行くのだろう。自分にも、わからなかった。 |
佐渡は、 前から、気がかりになっていたのである。 |
私は何の理由もなく、佐渡にひかれた。 私は、たいへんおセンチなのかも知れない。 死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。 |
佐渡へ上陸した。格別、内地と変った事は無い。 もうそろそろ佐渡への情熱も消えていた。このまま帰ってもいいと思った。 |
遠い孤島の宿屋に、いま寝ているのだという感じがはっきり来た。 |
おいしいものではなかった。やりきれないものであった。 けれども、これが欲しくて佐渡までやって来たのではないか。 |
窓外の風景は、新潟地方と少しも変りは無かった。うすら寒い 村々は、素知らぬ振りして、ちゃっかり生活を営んでいる。 |
旅行者などを、てんで黙殺している。佐渡は、生活しています。 一言にして語ればそれだ。なんの興も無い。 |
なぜ、佐渡へなど来たのだろう。その疑問が、再び胸に浮ぶ。 何も無いのがわかっている。はじめから、わかっている事ではないか。 |
けれども、来て見ないうちは、気がかりなのだ。 大袈裟に飛躍すれば、この人生でさえも、そんなものだと言えるかも知れない。 |
まちは知らぬ振りをしている。何しに来た、という顔をしている。 ひっそりという感じでもない。がらんとしている。 |
ここは見物に来るところでない。 まちは私に見むきもせず、自分だけの生活をさっさとしている。 |
少しも気持が、はずまない。これでよいのかも知れぬ。 私は、とうとう佐渡を見てしまったのだ。 |
出来れば、きょうすぐ東京へ帰りたかった。もう、どこへも行きたくなかった。 * 外は、まだ薄暗かった。 私は宿屋の前に立ってバスを待った。 ぞろぞろと黒い毛布を着た老若男女の列が通る。 すべて無言で、せっせと私の眼前を歩いて行く。 「鉱山の人たちだね。」 私は傍に立っている女中さんに小声で言った。 女中さんは黙って 太宰治「佐渡」 |
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