Wednesday, June 19, 2013

an Island.

何しに佐渡へなど行くのだろう。自分にも、わからなかった。
佐渡は、さびしいところだと聞いている。死ぬほど淋しいところだと聞いている。
前から、気がかりになっていたのである。
私は何の理由もなく、佐渡にひかれた。
私は、たいへんおセンチなのかも知れない。
死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。
佐渡へ上陸した。格別、内地と変った事は無い。
もうそろそろ佐渡への情熱も消えていた。このまま帰ってもいいと思った。

夜半、ふと眼がさめた。ああ、佐渡だ、と思った。
遠い孤島の宿屋に、いま寝ているのだという感じがはっきり来た。
おいしいものではなかった。やりきれないものであった。
けれども、これが欲しくて佐渡までやって来たのではないか。
窓外の風景は、新潟地方と少しも変りは無かった。うすら寒い田舎道いなかみち
村々は、素知らぬ振りして、ちゃっかり生活を営んでいる。
旅行者などを、てんで黙殺している。佐渡は、生活しています。
一言にして語ればそれだ。なんの興も無い。
なぜ、佐渡へなど来たのだろう。その疑問が、再び胸に浮ぶ。
何も無いのがわかっている。はじめから、わかっている事ではないか。
けれども、来て見ないうちは、気がかりなのだ。
大袈裟に飛躍すれば、この人生でさえも、そんなものだと言えるかも知れない。
私は、もうそろそろ佐渡をあきらめた。

まちは知らぬ振りをしている。何しに来た、という顔をしている。
ひっそりという感じでもない。がらんとしている。


ここは見物に来るところでない。
まちは私に見むきもせず、自分だけの生活をさっさとしている。
少しも気持が、はずまない。これでよいのかも知れぬ。
私は、とうとう佐渡を見てしまったのだ。
出来れば、きょうすぐ東京へ帰りたかった。もう、どこへも行きたくなかった。



外は、まだ薄暗かった。
私は宿屋の前に立ってバスを待った。
ぞろぞろと黒い毛布を着た老若男女の列が通る。
すべて無言で、せっせと私の眼前を歩いて行く。
「鉱山の人たちだね。」
私は傍に立っている女中さんに小声で言った。
 女中さんは黙って首肯うなずいた。

太宰治「佐渡」

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